価値協創ガイダンス

 

【価値協創ガイダンス

 価値協創のための統合的開⽰・対話ガイダンス
- ESG・⾮財務情報と無形資産投資 -
 
(価値協創ガイダンス)
2017 年 5 ⽉ 29 ⽇経済産業省
 

背景

【⽇本再興戦略】 

本ガイダンスは、経済産業省に設置された「持続的成⻑に向けた⻑期投資( ESG・無形資産投資) 研究会」における検討に基づいて策定された。
同研究会は、政府の成⻑戦略「⽇本再興戦略 2016」において、コーポレートガバナンス改⾰の⼀環として、持続的な企業価値向上と中⻑期投資を促進する⽅策を検討するための場として設置された。具体的には「持続的な企業価値を⽣み出す企業経営・投資の在り⽅やそれを評価する⽅法について、⻑期的な経営戦略に基づき⼈的資本、知的資本、製造資本等への投資の最適化を促すガバナンスの仕組みや経営者の投資判断と投資家の評価の在り⽅、情報提供の在り⽅について検討を進め、投資の最適化等を促す政策対応」を検討することが掲げられており、同研究会では 2016 8 ⽉から 9 回にわたり議論が⾏われてきた。
 

ガバナンス改⾰と持続的な企業価値向上

今我が国では、喫緊の課題としてコーポレートガバナンス改⾰が進められている。なぜガバナンス改⾰なのか。その背景には、四半世紀にわたって我が国企業の事業収益性や資本⽣産性が低迷し(「持続的低収益性」)、将来の企業価値を表す株価⽔準も低迷を続けてきたことがある。
また、この間、間接⾦融への依存が⻑く続いたこととも相まって、企業と資本市場・投資家との関係も必ずしも緊密なものとは⾔えなかった。企業側には、投資家は企業が⼤事にする理念や価値観に⽬を向けず、短期的な財務数値ばかり追いかけ、⾃らの要求のみを主張しているとの声があった。投資家は企業を選べるが企業は投資家を選ぶことができないといった不満も存在した。
⼀⽅、投資家側は、企業経営者は投資家が関⼼を持つ指標にこだわった経営を実践しない、あるいは経営者は投資家との⾯談で指標・数値を約束しても⾃社の中でそれを⼀貫性を持って展開しない
(「ダブルスタンダード経営」)といった印象を⻑く持ち続けた。
こうした状況を克服するため、 2013 7 ⽉から「持続的成⻑への競争⼒とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~」プロジェクトが開始され、 2014 8 ⽉に最終報告(「伊藤レポート」)が公表された。同レポートは、「稼ぐ⼒」や資本⽣産性の向上の必要性、企業と投資家の「協創的な関係」を促進する「建設的な対話・エンゲージメント」の重要性、そしてそれらを通じた中⻑期的な成⻑と企業 価値の持続的向上に向けた⽅策を提⾔した。
制度・環境⾯についても、会社法改正や「⼆つのコード(スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コード)」の制定、ガバナンス関連の税制改正等が次々に実施された。
 

共通⾔語としての「指針」の必要性

こうした⼀連の取り組みによって、企業や投資家の意識改⾰が進んでいることは間違いない。しかし、それが具体的な実務を動かし、改⾰の⽅向に沿って浸透しない限り、その果実を得ることは難しい。今後はこうした改⾰の機運が⼀層⾼まり、その精神を理解した企業と投資家による⾃主的・⾃発的な取組が漸進的に進むことが期待される。しかし、⽇本が⻑く置かれた深刻な状況に鑑みれば、そうした漸進的な歩みとともに、加速度的に実務が「点」ではなく「⾯」として改⾰されることも重要である。
とはいえ、さらに「制度」を積み重ね、義務づけることは、実務の健全な発展を阻害する恐れもある。こうした流れを加速するためには、⼆つのコードで求められる企業と投資家のコーポレートガバナンス責任やスチュワードシップ責任を果たすための対話のあり⽅、その前提としての情報開⽰のあり⽅の拠り所となるような枠組み、⾔わば「共通⾔語」が必要となる。
本ガイダンスは、同研究会におけるこのような問題意識を背景に、企業と投資家との間の対話や情報開⽰の質を⾼めるための基本的な枠組みを提⽰し、⾃主的・⾃発的な取組の「指針」となることを期待して作成・提案されたものである。
 

本ガイダンスに期待される役割 

本ガイダンスは、企業と投資家が情報開⽰や対話を通じて互いの理解を深め、持続的な価値協創に向けた⾏動を促すことを⽬的としている。その観点から、本ガイダンスには、以下のような機能を果たすことが期待される。
 

企業経営者の⼿引として

第⼀に、企業経営者が、⾃らの経営理念やビジネスモデル、戦略、ガバナンス等を統合的に投資家に伝えるための⼿引である。直接的には企業の情報開⽰や投資家との対話の質を⾼めることが⽬的ではあるが、それを通じて、経営者が企業価値創造に向けた⾃社の経営のあり⽅を整理し、振り返り、更なる⾏動に結びつけていくことが期待される。
企業の価値創造プロセスは各社固有のものであり、本ガイダンスの枠組みを基礎としつつも、それぞれの項⽬を形式的・固定的に捉えることなく、⾃社のビジネスモデルや戦略にとって重要なものを選択し、⾃らの価値創造ストーリーに位置づけて活⽤することが期待される。したがって、本ガイダンスの各項⽬を⽰す順番や内容についても、各社の状況や⽬的等に応じて柔軟に設定されることを想定している。
また、本ガイダンスで⽰す事項は、制度的に求められる義務的開⽰やコーポレートガバナンス・コードの諸原則、さらには企業が⾃主的に⾏ってきた任意開⽰等と独⽴した追加的なものとして捉えることは適切ではない。むしろ、本ガイダンスを企業が伝えるべき情報の全体像を体系的・統合的に整理するための
⼿段として捉えた上で、それぞれの開⽰要求や対話の場⾯に応じた情報提供を⾏うことが期待される。
 

企業経営者の⼿引として

第⼆に、投資家が、中⻑期的な観点から企業を評価し、投資判断やスチュワードシップ活動に役⽴てるための⼿引である。資本市場には様々な投資家が存在するが、本ガイダンスが念頭に置くのは、持続的な企業価値向上に関⼼を持つ機関投資家や個⼈投資家である。投資家やアナリストは、企業側から本ガイダンスの項⽬が⼀⽅的に開⽰・説明されることを待つのでなく、企業との情報・認識ギャップを埋めていくために本ガイダンスを参照して企業と対話を⾏い、⾃らの投資判断等に必要な情報を把握することが期待される。
本ガイダンスは、機関投資家がスチュワードシップ責任を果たすために⾏う投資先企業の状況把握や対話・エンゲージメント等を実施するための枠組みとして活⽤されることも想定している。機関投資家が⾃らスチュワードシップ活動を⾏う場合はもちろん、アセットオーナーと運⽤機関との対話に活⽤することも期待される。
 

使われ、進化する共通⾔語として

本ガイダンスが企業の情報開⽰や投資家との対話の質を⾼めるための「共通⾔語」として機能するためには、これが有効に使われ、実務を通じてより⽤いられるものにしていくことが必要である。
今回提⽰するガイダンスは対話充実に向けた出発点であり、今後、企業による優良事例や投資家の評価実態等を把握・分析しつつ、より良い内容や活⽤⽅法を模索し不断の⾒直しを⾏っていくことも重要である。その際、開⽰や対話といった⼿段が⽬的化することなく、企業の持続的な価値創造、それに向けた企業と投資家の協創がいかに達成されるかということに常に焦点が当てられることが必要である。
本ガイダンスの策定に当たっては、国際的な議論や関連する枠組み等も考慮している。⽇本企業の活動や株主構成がグローバル化する中、今後、本ガイダンスを有効活⽤するにあたて、内外のステークホルダーからのフィードバックを得ていくことも重要である。
 
 
 

1.価値観

 

01. 企業が、社会における課題の解決を事業機会として捉え、かつ、グローバル競争の中で継続的に競争優位性を追求しながら他社にない存在意義を確⽴していく上で、企業理念やビジョン等の価値観は、⾃社の進むべき⽅向や戦略を決定する際の⾃社固有の判断軸となる。
02. 企業は、社会における⾃社の存在意義を⽀えてきた企業理念や社訓から本質的な部分を抽出して、
現状維持に安住せず⻑期を⾒据え将来志向で時代に適応しながら社会に価値を提供することができる。企業理念やビジョン等を明確に意識することは、ベンチャー企業等の新興企業が社会に価値を提供し、 成⻑していく上でも重要である。
03. 企業⽂化は、企業で働く⼈々が無意識⼜は暗黙のうちに選ぶ業務のプロセスや優先順位の中に表れてくる価値観である。経営者が企業理念やビジョンを明確に⽰し、浸透させることで、⼀⼈⼀⼈の⾏動を⽀える企業⽂化を醸成し、ときには陳腐化や時代にそぐわない部分を⾒直し、あるべき⽅向へ導くことも重要な経営課題であろう。
04. ⻑期的視野に⽴つ投資家にとって、企業理念やビジョン、企業⽂化等の価値観を知ることは、当該企業固有の判断軸を理解することであり、また、企業の実⾏⼒やビジネスモデルの実現可能性を判断する上で重要な要素である。企業が⾃社の価値観とビジネスモデル〔2.〕とのつながりを⽰すことは、投資家が企業価値を適切に評価するための出発点となる。
 
1.1. 企業理念と経営のビジョン
 
05. 企業は、⾃らのビジネスモデルや経営判断の拠り所となる企業理念等を⽰し、どのような事業を通じて、また、どのような仕組みや⽅法によって、それを体現するのか、基本的な考え⽅を⽰すべきである。
06. その際、経営者が描く企業の将来像を経営ビジョンとして掲げ、⽬指すべき⽅向性や優先して取り組む課題を⽰すことも有益である。
07. 投資家は、企業の⽬指すべき⽅向や優先課題を理解することで、企業の経営戦略〔4.〕や主要な KPI
(Key Performance Indicator)、その達成のために必要な取組期間を踏まえた実施計画〔5.〕等を適切に評価することができる。
 
 
1.2. 社会との接点
 
08. 時代とともに変化する社会課題は、企業にとって⾃社の事業を脅かすリスクとなり得るが、同時に新たな事業機会にもなり得る。⾃社の理念やビジョンに基づいて、どの社会課題を経営課題、事業機会として特定し、どのようにビジネスモデル〔2.〕、戦略〔4.〕に落とし込んでいくのかということは、企業の存在意義にも関わる重要な経営判断である。
09. 投資家が⻑期的視点で企業価値を評価する上でも、企業がどのように社会課題を⾃らのビジネスモデル〔2.〕に落とし込むのか、競争優位性と他社にない存在意義とのつながりを理解することは重要な要素である。
10. 企業が、⾃らの経営課題、事業機会として捉えるべき社会課題を特定するに当たっては、株主、従業員、取引先、地域社会等の様々なステークホルダーとの関係性〔2.2.2.〕、国際的な共通の社会課題として特定されている「持続可能な開発⽬標(SDGs)」等を視野に⼊れた国際社会における受容性を踏まえて考えていくことも有益である。
 
 

2.ビジネスモデル

 
01. ビジネスモデルとは、企業が事業を⾏うことで、顧客や社会に価値を提供し、それを持続的な企業価値向上につなげていく仕組みである。具体的には、有形・無形の経営資源を投⼊して製品やサービスをつくり、その付加価値に⾒合った価格で顧客に提供する⼀連の流れを指す。
02. ビジネスモデルは、単なる「事業の概要」や「儲けの構造」ではない。「モデル」となるのは、競争優位性を確⽴し、その状態を保つための仕組みや⽅法が、企業の価値観〔1.〕を事業化する設計図(⻘写真)
として描かれるからである。したがって、「ビジネスモデルがある」とは、中⻑期で⾒たときに成⻑率、利益率、資本⽣産性等が⽐較対象企業よりも⾼い⽔準であることである。
03. 投資家にとってビジネスモデルとは、企業が事業として何をしているのか、どのような市場、事業領域で競  争優位性を保ち、バリューチェーン(価値を⽣み出す⼀連の流れ)の中で重要な位置を占めているのか、事業を通じてどのような価値を提供し、結果としてそれをどのように持続的なキャッシュフロー創出に結びつ けるのかを⽰すものであり、企業の持続的な収益⼒すなわち「稼ぐ⼒」を評価する上で最も重要な⾒取
図である。
04. 企業価値向上に関⼼を持つ投資家の端的な問いは、グローバル競争においてその企業が本当に勝てるのかということである。そのような視点で投資家がビジネスモデルの実現可能性を評価するには、それが前提とする市場の競争環境、競争優位を確保する上で不可⽋な経営資源やステークホルダーとの関係、主な収益源や収益構造等を理解する必要がある。その中で、投資家は、持続的な企業価値向上を牽引する要素(ドライバー)を把握しようとする。
05. 企業は、情報開⽰や投資家との対話において、以下で⽰す項⽬を含め⾃らのビジネスモデルにとって重要な要素を最も端的に⽰すように関連付け、価値創造ストーリーとして伝えるべきである。特に、企業が複数の異なる事業を営む場合は、主な事業のビジネスモデルとともに、それらの事業選択の判断及び全体としてどのようなビジネスモデルと捉えているのか考え⽅を⽰すことが重要である。
 
2.1. 市場勢⼒図における位置づけ
 
06. ビジネスモデルを理解し、その実現可能性を評価するためには、ビジネスモデルが前提とする主な市場の付加価値連鎖(バリューチェーン)と競争環境、その中における⾃社の⽴ち位置、競争優位をもたらす差別化要素等を把握することが必要である。
 
 
07. 企業が⾃らの認識を⽰し、投資家との対話等を通じて、投資家の認識や仮説とのずれを確認することは、
⾃らのビジネスモデルや戦略〔4.〕を⾒直す契機として重要である。特に、様々な企業を⽐較評価する投資家から⾒て、⾃社が差別化要素として考えているものが、競争優位性を持つと評価されているかどうかを知ることは有益である。
 
2.1.1. 付加価値連鎖(バリューチェーン)における位置づけ
 
08. 付加価値連鎖(バリューチェーン)の上流から下流までの各段階を担う事業者の中で、⾃社がどのような付加価値を提供するかは、ビジネスモデルの中核となる部分である。
09. 投資家は、バリューチェーンの中で誰が最も⼤きな付加価値または決定的な付加価値をもたらし、バリューチェーンの⽅向付けをしようとしているのか、その中で当該企業の影響⼒、主導権はどの程度で、それを増す⽅法はあるのかなどを理解しようとしている。
10. これらについて企業がどのように認識しているのか、考え⽅の概略が⽰されることで投資家の理解が深まることが期待される。この際、投資家に対しては製品・サービスの細かなスペックを説明するのではなく、それがなぜ市場・顧客に受け⼊れられるのかという点を伝えることが重要である。
11. また、事業者向けの製品・サービスを提供する企業においては、直接の取引相⼿である顧客だけでなく、バリューチェーン上の最終顧客とそのニーズをどのように把握し、それに対して⾃社がどのような付加価値を提供するかを⽰すことは、投資家の理解を深める上で有益である。
 
2.1.2. 差別化要素及びその持続性
 
12. 市場の変化や競合による脅威の中で、企業が競争優位性を確保し、それを持続させるためには、⾃社のビジネスモデルに競合との差別化要素があることが重要である。
13. 投資家が企業のビジネスモデルを評価するため、市場における競合の有無、競合との優劣関係、その状況の将来⾒込み、特に競合との差別化要素についての情報が⽰されることが求められる。この際、投資家が必要とするのは、ビジネスモデルを適切に理解するための概略であり、競争上不利になるような機密情報等を求めるものではないことを企業が理解することは重要である。
 
2.2. 競争優位を確保するために不可⽋な要素
 
14. 企業が差別化を図り、競争優位を確保する上で鍵となる経営資源(インプット)や資産・負債、重要なステークホルダーとの関係等を特定し、それらを維持・強化するための投資を⾏い、効率性を⾼めていくことは、ビジネスモデルの持続可能性を⽀えるものである。
 
 
15. 投資家が企業のビジネスモデルの将来性、持続可能性を判断するに当たっては、このような要素を認識し、企業の戦略においてどのような資源配分、投資〔4.4.〕によってこれらを維持・強化しようとしているのかを理解することが必要である。
16. 特に、そのビジネスモデルにとって最⼤の脅威となるのは、これらの経営資源等を安定的に確保できなかったり、失ったりすることであり、投資家にとって企業がそのようなリスクをどのように認識し、対処しようとしているのかは、重要な情報である。
 
2.2.1. 競争優位の源泉となる経営資源・無形資産
 
17. 競争優位を維持し、持続的に価値を⾼めている企業には、顧客に他では得られない価値を提供するために不可⽋であり、競合他社が容易に獲得、模倣できない経営資源や有形・無形の資産がある。企業の競争⼒や持続的な収益⼒、すなわち「稼ぐ⼒」を決定づける要素が、施設・設備等を量的に拡⼤することではなく、⼈的資本や技術・ノウハウ、知的財産等を確保・強化することになる中、企業経営者や投資家にとって財務諸表に明⽰的に表れない無形資産の価値を適切に評価する重要性が増している。
18. 企業は、⾃社のビジネスモデルの競争優位性を維持するために不可⽋な経営資源や無形資産を特定し、それらを開発、強化するためにどのような投資(獲得、資源配分、育成等)を⾏う必要があるのかについて、戦略〔4.〕と合わせて⽰すべきである。そして、それらがどのように価値創造や持続的な収益⼒に
つながるのか、企業価値への貢献度や投資効率をどのような時間軸、⽅法で評価しているのかについて、成果(パフォーマンス)・重要な成果指標(KPI)〔5.〕と合わせ、できる限り客観的な事実に基づき統合的に伝えることは、投資家の適切な企業評価を促すことにつながる。
19. これらの経営資源や無形資産は、企業固有の価値創造ストーリーの中で位置づけられるべきものであり、
⼀律の形式的指標等で評価すべきものではないが、前提とする事業領域や産業(セクター)において重要と認識されている競争軸を念頭において⾃社の優位性を語ることは、投資家の理解を得る上で有
⽤である。
20. この際、これらの経営資源や無形資産等の確保が困難になる、侵害される、優位性を失う、消失するといったリスクを企業がどのように認識し、対応しようとしているかを⽰すことが重要である。ESG に関する要素等、ビジネスモデルの持続可能性〔3.〕におけるリスク要因と合わせ、企業の競争優位や価値創造への影響と対応策を投資家が適切に認識することは、⻑期的な投資判断やスチュワードシップ活動を⾏う上で重要な要素である。
 
 
2.2.2. 競争優位を⽀えるステークホルダーとの関係
 
21. 企業が競争優位を維持し、ビジネスモデルを実現するために、バリューチェーンにおける取引先、共同研究や共同事業を⾏うパートナー、顧客、地域社会、公的機関等、企業を取り巻く(外部の)ステークホルダー(利害関係者)と⽣産的な関係を築くことは不可⽋な要素である。企業は、⾃社の価値観に基づいて、これらの関係性をどうあるべきと考え、それを戦略的にどのように構築しているのかを⽰すべきである。
22. また、ビジネスモデルの持続可能性〔3.〕を評価する上でも様々なステークホルダーとの関係性は重要な情報である。⻑期投資家が求める ESG 情報の多くは、企業が社会との関係をどのように価値創造におけるリスクや事業機会として捉え、戦略的に⾏動しているのかということに関わるものであり、この点を統合的に伝えることは投資家と認識を共有する上でも重要である。
23. さらに、例えば、契約や取引関係である程度固定化されている関係者だけでなく、モチベーションや共感によって関わっている協⼒者、⽀援者として重要な役割を担っているステークホルダーがいる場合、その関係性を保つための求⼼⼒はどのように維持されているのかを⽰すことも投資家にとって有益である。
 
2.2.3. 収益構造・牽引要素(ドライバー)
 
24. 投資家が企業のビジネスモデルを理解する際には、どのような要素(ドライバー)が収益を⽣み出し、売上⾼や利益等の財務数値を牽引してきたか、また、将来にわたってそれらの要素が有効かといった点に注
⽬している。これらは企業が投資家と対話する際の共通⾔語となるものである。
25. 投資家は、利益や企業価値に結びつく要素を様々な切り⼝で捉えようとしている。例えば、成⻑性に関 連する要素(市場、需要動向、利便性のブレークスルー等の「成⻑ドライバー」)、供給能⼒を規定す る要素(⽣産能⼒、⼈員、研究開発、技術等の「供給⼒ドライバー」)、利益率に関係する要素(価格決定⼒、コスト管理能⼒、固定・変動費構造等の「マージンドライバー」)といった切り⼝、あるいは企 業の内部と外部にある要素(内部ドライバー、外部ドライバー)といった切り⼝で、企業の⽣産量拡⼤、付加価値向上による製品価格の上昇、コスト低下等を評価している。
26. したがって、企業が⾃社のビジネスモデルの収益構造を説明し、投資家との対話を⾏う際には、このような切り⼝も念頭に置いて、⾃社の戦略〔4.〕と財務数値・KPI〔5.〕等のデータを関連づけることが有益である。
 
 

3.持続可能性・成長性

 
01. 企業が持続的に価値を⾼めていくためには、明確なビジネスモデルが存在することに加え、それが持続可能であること(サステナビリティ)、さらには持続するだけでなく成⻑性を持つものであることが求められる。そのためにはまず⾃社のビジネスモデルを持続・成⻑させる上で脅威となり得る要素は何かを把握する必要がある。
02. 脅威は企業にとってのリスク要因であるが、重要な事業機会でもあり、それを克服することで持続的な競争優位につなげることもできる。ビジネスモデルの持続可能性は、単なる継続ではなく、それを適宜変化させることによって可能になる。
03. ビジネスモデルを持続させる上での最も⼤きな脅威は、その中核となる経営資源・無形資産やステークホルダーとの関係を確保、維持できなくなることである。特に、⻑期的な視点に⽴てば、企業の存続の前提となる社会との関係性や社会の受容性をどのように捉え、どのように維持し、社会に価値を提供し、企業価値につなげていくのかが重要になる。
04. ⻑期的な視野に⽴つ投資家が、ESG(Environment(環境)、Social(社会)、Governance
(ガバナンス))といった要素を重視するのも、このような考え⽅によるところが⼤きい。投資家にとって、企業がこれら要素を個別に捉えるのではなく、⾃社のビジネスモデルの持続可能性にとっての重要性
(Materiality)、ひいては中⻑期的な企業価値向上の中でどのように位置づけているかを理解することが重要である。
05. 特に機関投資家にとっては、顧客・受益者に対するスチュワードシップ責任を果たす観点からも、企業のリスク・収益機会、あるいは企業価値を毀損するおそれのある事項を把握することが求められており、例えば、ESG の要素がこれらとどのように関連し、影響を与えるのかを理解することは重要である。
06. 企業は情報開⽰や投資家との対話において、以下で⽰す項⽬も含め⾃らのビジネスモデルを持続させる上での脅威やリスクを特定し、戦略〔4.〕とも関連づけて持続的な価値創造につなげていくかを伝えるべきである。
 
3.1. ESG に対する認識
 
07. 特に⻑期的視野に⽴つ投資家が企業を評価する視点として、ESG(環境・社会・ガバナンス)要素の重要性が⾼まっている。そのような投資家は ESG の個別要素を単独で評価するのではなく、企業のビジネスモデルの持続性や戦略の実現可能性にどのように影響を与えるのかを理解するための情報として捉えている。
 
 
08. ESG の概念・範囲には様々な考え⽅があり、これらを超過収益の源泉ととらえる投資家もいるが、多くの投資家は少なくとも中⻑期的なリスク要因として認識している。また、特に企業の持続可能性(サステナビリティ)に関連する環境・社会(E・S)と企業価値を⾼める前提となる規律としてのガバナンス(G) とは、性質が異なる⾯があると捉えている。
09. したがって、企業は⾃社の中⻑期的な企業価値やビジネスモデルの持続性に影響を与える、あるいは事業の存続そのものに対するリスクとして、どのような ESG の社会・環境要素を特定しているか、その影響をどのように認識しているかを⽰すべきである。また、そのようなリスクへの対応や事業機会につなげるための取組について、戦略〔4.〕の中で⽰すことも有益である。
10. 企業が⾃社にとって重要な ESG 要素を特定する際、ビジネスモデルが前提とする事業領域や産業(セクター)において主なリスク要因として認識されているものを念頭におくことは、投資家の理解を得る上で有⽤である。その際、様々な機関が推奨する項⽬に沿って取り組むことは⽬的ではなく、むしろ⾃社の企業価値への影響を踏まえて⾃らが取り組むべき項⽬を特定し、それを説明することが重要である。
11. ガバナンスに関しては、6.で掲げる事項を参照しつつ、企業が⾃らのビジネスモデルを実現するための戦略を着実に実⾏し、持続的に企業価値を⾼める⽅向での規律やインセンティブがはたらく仕組みとなっていることについて、投資家からの信認を得ることが重要である。
 
3.2. 主要なステークホルダーとの関係性の維持
 
12. ⾃らのビジネスモデルを持続させるためには、経営資源や無形資産の確保とともに、ステークホルダー等との関係性〔2.2.2.〕を維持、強化することが必要である。特に中⻑期的な視点に⽴てば、各ステークホルダーの利益相反を極⼩化して、相互に共有できる利益を拡⼤するビジネスモデルを設計することが、当該企業の社会的価値を盤⽯なものにする。
13. 投資家は、投資家以外のステークホルダー価値の創造が、投資家への持続可能で安定的な価値提供にもつながるという考え⽅を持っており、企業が主要なステークホルダーとどのように向き合い(関係性)、ビジネスの仕組みや進め⽅に落とし込んでいるのかに関⼼がある。
14. 企業は、⾃社の企業理念や社会との接点に対する認識〔1.〕を踏まえ、主要なステークホルダーとの関係性をどのように構築し、その維持のためにどのような⽅策をとるのかを投資家に対して⽰すべきである。
 
3.3. 事業環境の変化リスク
 
15. 企業を取り巻く事業環境は複雑化し、IoT(Internet of Things)により常に世界とつながっている状況や、国内事業においても海外とサプライチェーンを通じてつながっている状況等が、事業活動への脅威
 
 
となるリスク要因や不確実性を増加させ、考慮すべきリスクの範囲を拡⼤している。このようなリスクや不確実性をどのように認識し、それに対してどのように対応するかということは、企業の持続可能性や成⻑性にとって重要である。
16. 考慮すべきリスクや不確実性は、企業のビジネスモデルが前提とする事業領域や産業(セクター)によっても異なるが、特に以下に⽰す事項については、サプライチェーンマネジメントにおける影響を含め、セクターに共通して考えておくべきリスクである。
 
3.3.1. 技術変化の早さとその影響
 
17. 第四次産業⾰命が進展する中、急速な技術⾰新やそれを原動⼒とする競合企業や異業種からの新規参⼊等は、⾃社のビジネスモデルが前提とする技術等を急速に陳腐化し、その競争優位や持続可能性を脅かすリスクとなり得る。特に他社による「⾮連続的(破壊的)イノベーション」は、⾃社のビジネスモデルを根底から揺るがし、存続を困難にするリスクをもたらす。
18. 企業は、このような技術変化とリスクをどのように捉え、どのような時間軸で⾃社の競争優位性に対する影響を認識しているのか、それに対してどのような⽅策を講じているのか、戦略〔4.〕における研究開発投資や⼈材の確保・育成等とも関連づけて、投資家に⽰すべきである。
 
3.3.2. カントリーリスク
 
19. グローバルに事業展開を⾏う企業にとって、カントリーリスクはビジネスモデルの持続可能性に⼤きく影響を与える要素である。事業を取り巻く外部環境の⼀部として⾃社のビジネスモデルに影響を与えるカントリーリスクを特定、分析し、その結果やそれを踏まえた戦略を投資家と共有することは重要である。⾃社の
⾒解を投資家に伝え、投資家が持つカントリーリスクに関する分析情報と交換することは、⾃らの仮説を確認し、⾒直す機会ともなる。
 
3.3.3. クロスボーダーリスク
 
20. ⾃社がグローバルに事業を展開し、あるいはサプライチェーンが複数の国境をまたぐ状況において、各地域における法規制等の変化や社会的責任に関する要請への対応は、企業にとってコスト要因でもあり、中
⻑期的なリスク要因でもある。このような課題に対して、サプライチェーンを安定的に確保し、代替⼿段のために必要な対応体制を構築するなどの取組について、その意義も含め投資家に説明し理解を得ることは、投資家を含めたステークホルダー共同の利益につながるものである。
 

4.戦略

 
01. 想定されるリスクに備え、競争優位の源泉となる経営資源・無形資産やステークホルダーとの関係を維持・強化することで持続的なビジネスモデルを実現するのが戦略である。企業は、経営戦略や事業戦略といった様々なレベルでの戦略を実⾏することで成⻑性を獲得し、投資家を含むステークホルダーからの信任を得ることで共同利益を拡⼤し、社会的価値を創造し続けることができる。
02. 企業は、⾃社のビジネスモデルの競争優位を⽀える経営資源等をどのように確保・強化し、それらを喪失するリスク等に対してどのような⽅策を講じているのか、その結果として付加価値連鎖(バリューチェーン) における位置づけ〔2.1.1.〕をどのように維持、強化しようとしているのかを⽰すべきである。
03. また、中⻑期的な価値向上の観点から特定した社会課題(ESG 等)をどのように戦略に組み込みステークホルダーとの関係をどのように構築していくのかなど、ビジネスモデル〔2.〕及び持続可能性・成⻑性
〔3.〕で⽰した内容を実現するための戦略を、⻑期の価値創造ストーリーの中で投資家に伝えるべきである。
04. その際、戦略を実⾏した結果(成果(パフォーマンス)と重要な成果指標(KPI)〔5.〕)をどのように評価し、それを今後の取組にどのように反映させていくかについて伝えることも重要である。
 
4.1. バリューチェーンにおける影響⼒強化、事業ポジションの改善
 
05. 企業が戦略により達成すべき⽬標を⽰すとともに、それと整合的な形で経営資源等の確保・強化〔4.2.、
4.3.〕、投資戦略・事業ポートフォリオ組替等の⽅策〔4.4.等〕を説明することは、投資家の理解を深める上で重要である。
06. 例えば、企業のビジネスモデルが前提とするバリューチェーン上の影響⼒や主導権〔2.1.1.〕を強化することは、戦略の重要な⽬標の⼀つである。
07. 戦略において、企業がバリューチェーンにおける事業ポジションを維持するのか、新たなポジションに移⾏するのか、必要に応じて軸⾜を移すことが可能な仕組みを備えているかなどの概略が⽰されることで、投資家は、⻑期的視点での投資判断に不可⽋な環境変化への耐性を理解し、企業のビジネスモデルと戦略をより適切に評価することが可能となる。
 
 
4.2. 経営資源・無形資産等の確保・強化
 
08. 企業の戦略において、競争優位の源泉となる経営資源や無形資産等〔2.2.1.〕を確保・強化するためにどのような投資を⾏い、それらをどのように活⽤して顧客に価値を提供し、持続的な企業価値向上につなげていくかということは重要な要素である。
09. これらの概略とともに、その成果をどのような時間軸、⽅法で評価するのかについて、成果指標〔5.〕等と合わせて⽰すことは、投資家が企業の戦略と実⾏⼒を評価する上で重要である。
10. 企業のバランスシートにおいて、多くの無形資産は資産として認識されず、中⻑期的な価値向上を⾒据えた無形資産への戦略投資は当期費⽤の⼀部として取り扱われる。また、これらの情報は、必ずしも企業が戦略的に捉える要素ごと、あるいはビジネスモデルが前提とする事業領域やセクター(セグメント)ごとに⽰されておらず、投資家に利益を圧縮する⾮効率な費⽤としてのみ認識されるおそれがある。設備・施設等資産として認識されている有形資産への投資についても、必ずしもビジネスモデルや戦略に関連づけて⽰されていない。
11. したがって、企業の中⻑期的な戦略投資を投資家が適切に評価するため、これらの投資の規模や内容を定量的、定性的に⽰すとともに、それがどのように持続的な企業価値に貢献するか、評価の指標や⽅法とともに伝えることが重要である。その際、投資家から⾒て、これらの投資(費⽤)が資産として捉えられ、それぞれの回収期間等を想定して「投資収益率(Return on Investment)」の考え⽅が⽰されることは有⽤である。
12. また、重要な経営資源や無形資産等の喪失リスクが顕在化した場合への対応として、他の経営資源で補完するなど(有形・無形資産を他の有形・無形資産で補完するなど)の次善策を⽰すことも投資家からの信任を得る上で重要である。
13. これらの経営資源や無形資産やそれらへの投資のあり⽅は、事業領域や産業(セクター)によって異なるが、以下で⽰す主要な要素(⼈的資本、技術、ブランド、組織、M&A)に関する投資家との対話における考え⽅を参照し、⾃らの戦略の中に組み込むことも有益である。
 
4.2.1. ⼈的資本への投資
 
14. 企業の競争優位を⽀え、イノベーションを⽣み出す根本的な要素は⼈材であり、⾃社のビジネスモデルを実現するために、⼈的資本の獲得、育成、活⽤等、広い意味での⼈的投資をどのように捉え、実施し、企業価値への貢献を評価するかということは、戦略における重要な要素である。
 
 
15. 投資家にとって、経営⼈材やミドルマネジメント、研究・専⾨⼈材、現場を動かす社員等様々な層の⼈的資本の獲得や動機付け、教育・育成等がどのような⽅針に基づき、どのような資源配分や⽅法(プロセスや評価体系等)で⾏われているかということは、中⻑期的な企業価値を評価するための重要な情報である。
16. 経営⼈材の確保・選任、育成については、ガバナンス〔6.〕とも関連づけて、期待される役割に応じてそのプロセスや報酬体系、経歴・経験等が⽰されるべきである。その際、企業の価値観〔1.〕やビジネスモデル
〔2.〕とも関連付けながら、どのような能⼒や属性の経営⼈材を求めるのか、その多様性(ダイバーシティ) をどのように確保し活かしていくのかが明確になっていることも重要である。
17. 研究・専⾨⼈材等⾃社の競争優位との関連が⾒えやすい⼈材(キーパーソン)の存在やその確保・育成のための⽅策は、企業の理解を深めたい投資家が得ようとする重要な情報である。また、製造や販売等の現場における⽣産性向上や質の改善等に向けて、従業員の意欲や能⼒を引き出すための⼯夫や働き⽅改⾰への取組が、企業の価値創造を実現する戦略として⽰されることも重要である。
18. このような⼈材の獲得や育成に向けた投資は、会計上、研修や報酬等の形で当期費⽤の⼀部として埋没してしまうが、企業としてこれら⼈的投資を定量的にどのように捉え、投資効果を認識するかということは、重要な経営課題であり、投資家にとっても有益な情報である。
 
4.2.2. 技術(知的資本)への投資
 
19. 広い意味での技術(知的資本)は、企業が競合と差別化し、競争優位を確かなものにするための源泉である。研究開発や事業開発、⽣産、物流、販売、サービス提供に⾄るまで、企業における技能や知識、ノウハウ等の暗黙知を形式知化し、イノベーションにつなげていくことは、企業にとって重要な経営課題である。
20. 投資家が企業の競争⼒を評価する上で理解すべきことは、当該企業の競争優位を左右する技術が競合他社と⽐較してどのように優れているのか(勝てるのか)、あるいは現時点では劣後している場合、どのぐらいの速さでどのようにそれを克服するのか、そのためにどのような戦略投資を⾏うのかということである。
21. 企業にとって、⼀般的な情報開⽰のみならず、⼯場⾒学や技術説明会等、投資家との様々な接点を通じて⾃社の知的資本が⽣み出す価値に対する理解を得る機会を利⽤することも重要である。
22. 競争優位の軸となる技術(知的資本)は、企業の事業領域や産業によって異なるが、以下では多くの企業に関連する研究開発及び IT・ソフトウェア投資に関する開⽰や対話において重要な点を⽰す。
 
 
4.2.2.1. 研究開発投資
 
23. 研究開発投資をどのように競争優位につなげ、持続的な価値向上に貢献する技術資産としていくかという戦略は、企業経営者の重要な意思決定であり、投資家が⻑期的な視点から企業を評価するために理解すべき事項である。
24. 他⽅、研究開発投資の収益・企業価値への貢献(研究開発効率)については、研究が複数の開発に波及するなど因果関係が複雑なこと、基礎研究では製品等に⾄らないこと、収益が実現するまでに時間がかかること等客観的な評価が難しい⾯がある。
25. 投資家が研究開発投資を評価する上で重視するのは、それがどのようにビジネスモデルの中に位置づけられているかということである。例えば、研究開発費の総額だけでなく、セグメントごとの研究開発費や研究開発テーマの市場性、バリューチェーン上のポジション変化、強みの源泉(研究者の専⾨性や数等)等を⽰す客観的事実や投資回収時期を判断する材料が⽰されることは有益である。
26. 投資の結果としての特許・ライセンス等に関しては、数だけでなく参⼊障壁を構築するビジネスモデル上有益かという「質」に関する情報を投資家は重視している。
27. これらの情報は、⼀般的に企業において把握されており、何らかの形で開⽰されていることも多い。投資家が重視するのは、企業の競争条件に関わる機密情報等ではなく、これら情報がビジネスモデルや戦略の中でどのように位置づけられ、どのような視座や事実を基に成果が評価され、経営判断と連動するのかである。
28. さらに、3.3.1.で⽰される「⾮連続(破壊的)イノベーション」への対応やそれを⽣み出す観点からも、研究開発への投資は重要な要素である。このようなイノベーションの性質上、投資段階での評価は難しいが、投資家にとって、研究開発の領域・テーマの背景にある社会課題や市場の重要性、収益化に向けた具体的な⽬標、従来と異なる組織体制や⽅法論等が⽰されることは有益である。
 
4.2.2.2. IT・ソフトウェア投資
 
29. 第四次産業⾰命においては、IT システム導⼊やソフトウェア開発・組込等を、事業におけるコストとしてだけでなく、企業の成⻑や競争優位の源泉となる無形資産投資として捉えるべき状況も出てきている。企業のビジネスモデルにおいて、このような「攻めの IT 投資」がどのように企業の技術⼒を⾼め、どのような期間で投資収益につなげようと考えているのか、定量的な事実や評価⽅法等を⽰すことも有益である。
 
 
4.2.3. ブランド・顧客基盤構築
 
30. 企業のブランドや顧客基盤は、これまでの活動を通じて築かれた企業やその製品・サービスの価値への信頼という「結果」であり、無形の資産でもあるそれらをどのように構築し、強化するかということは重要な戦略投資である。
31. ブランドや顧客基盤の資産価値はバランスシートには表れないが、何もしなければ設備の減価と同様に減衰する。そのような観点から、例えば、ブランド価値が毎年どの程度減衰するか評価し、その分を補い増強するための投資額を⽰す企業も存在する。
32. ブランドや顧客基盤については、企業経営者と投資家の間で意図することや重視する観点に隔たりが⾒られることがある。経営者はこれらを可視化することは難しく、そのようなことを⽬的としない傾向があるが、投資家は何らかの形で可視化できると考える。例えば、投資家は、企業のブランド⼒は、価格決定⼒やバリューチェーンにおける影響⼒を通じて利益率に反映されることを期待する。また、顧客基盤や顧客ロイヤルティは、物品販売における販売促進費の削減、契約型サービスにおける契約更新率の向上、新規顧客獲得や解約防⽌費⽤の削減等につながると考える。
33. したがって、ブランドや顧客基盤の優位性を確保するための投資や取組について、企業がこのような効果を意識した戦略的な⽬的を⽰し、それを測定・モニタリングしていることを⽰すことは、投資家の理解を深める上で有益である。
 
4.2.4. 企業内外の組織づくり
 
34. 企業が戦略を実施する中で、⾃社の組織をどのように設計し、運営するかということは、最も重要な経営判断の⼀つである。組織変更は、経営者がこれまでのビジネスモデルでは競争環境や需要の変化に対応できないとの認識とともに、新たなビジネスモデルを構築する意志を⽰すものである。
35. 投資家にとって、企業が組織変更を⾏う⽬的や戦略における位置づけ、組織の意思決定や運営の⽅針、成果指標等を確認し、そのプロセスをモニタリングすることは重要な課題である。
36. 企業が、これらの考え⽅を⽰すとともに、継続的に組織変更による成果を重要な成果指標〔5.〕とともに
⽰すことは投資家にとって有益である。
37. 企業のビジネス・パートナーとの関係やサプライチェーンをどのように構成・強化しようとしているのか、技術をいかにして実⽤化し、⼤量⽣産や物流等の供給体制を整えているのかということも、企業が戦略を実現するための外部との関係構築、すなわち⾃社を超えた広い意味での「組織」づくりとして重要な要素である。
 
 
38. 特にグループ企業をはじめとするサプライチェーンを競争優位の源泉としている企業が、⾃社を超えた企業間の関係性をどのように捉えているかということは、投資家が理解すべき情報である。
 
4.2.5. 成⻑加速の時間を短縮する⽅策
 
39. ⾃社が持つ経営資源や無形資産への投資に加え、⾃社にない技術やネットワーク、⼈的資本等を持つ企業との提携や投資、買収によって、ビジネスモデルを強化し、成⻑を加速させることも重要な戦略である。
40. 技術が急速に進展・変化する中、企業がオープン・イノベーションや M&A により⾃社の競争優位をどのように補完、加速するのか、⾃社の事業ポートフォリオ〔4.4.1.〕と関連づけて投資家に伝えることが重要である。また、買収後のモニタリング体制や提携先との経営責任の明確化等、事業部⾨や⼦会社のガバナンスについて⽰すことも重要である。
 
4.3. ESG やグローバルな社会課題(SDGs 等)の戦略への組込
 
41. 企業が経営課題として特定した ESG 等のリスク〔3.〕について、⾃社のリスクマネジメントの中でどのように管理し、影響緩和のための⽅策を戦略に組み込んでいるかは投資家にとって重要な情報である。
42. 戦略においては、ESG 等の要素をリスク・脅威としてのみならず、新たな事業を⽣み出し、また、ビジネスモデルを強化する機会としてどのように位置づけているか、そのためにどのような投資や資源配分を⾏っているのかを⽰すことも重要である。
43. 特にグローバルな事業活動を⾏う企業にとっては、「持続可能な開発⽬標(SDGs)」等で⽰される国際的な社会課題に対して、⾃社の企業価値の持続的向上がこれら課題の解決にもつながるという「共有価値の創造(CSV)」の観点を念頭に置くことも重要である。例えば、SDGs 等で掲げられる⽬標について、企業の価値観〔1.〕に基づき、⾃社の活動の社会・環境への影響の⼤きさや企業価値を⾼める戦略の観点から優先順位を付けて取り組むことが考えられる。
44. 国際的に認識されている社会課題に関する枠組みを参照することは、グローバルな投資家の理解を促進し、建設的な対話を進めるために有⽤である。また、このような検討や対話を通じて、企業⾃⾝が意識していなかった⾃社の強みや価値を認識することも重要である。
 
4.4. 経営資源・資本配分(キャピタル・アロケーション)戦略
 
45. 有形・無形資産への投資等、経営資源・資本配分を最適化することにより、持続的な企業価値向上を実現することは、企業の経営者が⾏う重要な意思決定である。
 
 
46. 経営資源・資本配分を最適化するためには、⾃社のビジネスモデル〔2.〕においてそれぞれの投資がどのように中⻑期的な収益や企業価値向上に寄与するのか、それらをどのように評価・モニタリングして投資判断を⾏うかといったことが重要となる。
47. 投資家にとって、個別の経営資源や無形資産への投資判断〔4.2.等〕のみならず、企業が全体戦略の中で事業ポートフォリオをどのように構築し、組み替えていくのか、それぞれの経営資源や資産の関係性をどのように捉えているのかを理解することは重要である。
 
4.4.1. 事業売却・撤退戦略を含む事業ポートフォリオマネジメント
 
48. 投資家が企業の戦略を⽀持し、⻑期的な投資を⾏う上で、戦略が着実に実⾏されることに加え、事業の売却も含む M&A や事業からの撤退戦略も含む事業ポートフォリオマネジメントの考え⽅が⽰されることは重要である。
49. 各企業の持つ資源は限られており、経営の選択肢や⾃由度を確保、拡⼤する観点からも、企業価値向上に貢献しないと⾒込まれる事業から撤退し、注⼒すべき事業に資源配分するという合理的な判断が⾏われることを投資家は重視している。企業がその⽅針についての考え⽅やガバナンス〔6.〕との関連を含む⻑期戦略として投資家に伝え、信頼を得ることが重要である。
 
4.4.2. 無形資産の測定と投資戦略の評価・モニタリング
 
50. 特に無形資産やそれに対する投資について、有形資産や⾦融資産のように定量化、可視化が進んでいないことは、企業の資源・資本配分の最適化を阻害(過⼩、過⼤投資)する要因となり得る。特にこれらを中⻑期的な企業価値向上への投資として位置づけるためには、財務上、当期の費⽤として計上されている活動を新たな時間軸、測定⽅法で認識し直すことが必要となる。その上で、投資対効果を評価することができれば、企業の戦略策定や遂⾏上、あるいはこれら活動に対する投資家の理解を得る上でも有益である。
51. 例えば、⾷品・⽇⽤品業界においては、商品のブランド、販売促進費と広告宣伝費を最適化し、売上
⾼総利益率を改善するといった取組が⾒られる。商品群のブランド⼒に応じてグループ分けを⾏って販売促進費のかけ⽅を変え、削減した費⽤を優良ブランドの広告宣伝費に充当するといった事例が存在する。
52. このように⾃社の考え⽅を投資家に伝え、継続的に結果を⽰していくことは、投資家が企業と共通の時間軸、認識に基づいて対話し、企業の資源・資本配分や投資戦略を評価するためにも重要である。
 
 

5.成果(パフォーマンス)と重要な成果指標(KPI)

 
01. 結果を出さずに 100 年の計を語っても投資家やステークホルダーからの信頼を得ることはできない。企業が持続的な企業価値を向上させるためには、まず⾃社がこれまで経済的価値をどのぐらい創出してきたかを振り返るとともに、経営者が財務的な業績をどのように分析、評価しているかを⽰すべきである。
02. それとともに、企業が事業を通じて⾃らの価値観〔1.〕を具体化し、企業価値を⾼めていくための道標として、また、その達成度を測る尺度として、成果を評価する重要指標(Key Performance Indicator、
KPI)を予め定め、投資家に⽰しておくことが有益である。不⾔実⾏は美徳だが、投資家に対する説明
⼒を⾼め信頼を得るには、⾃社の戦略や計画の決定とともに成果指標(KPI)を定め、成果についての⾃⼰評価を⽰すことが重要である。
 
5.1. 財務パフォーマンス
 
03. 企業の持続的な企業価値向上は、中⻑期的に資本コストを上回る財務パフォーマンス(キャッシュリターン)をあげることによって実現され、投資家はそうした価値創造に期待して⻑期投資を⾏うことができる。
04. したがって、経営者がこれまでの⾃社の価値創造をどのように認識しているのか、また、企業価値向上に向けた戦略を実現する過程で⾜下の財政状態や経営成績をどのように分析・評価しているのかということは、投資家にとって重要な情報である。
 
5.1.1. 財政状態及び経営成績の分析(MD&A 等)
 
05. 企業の経営者⾃らが、⾜下(例えば当該年度決算等)の財政状態及び経営成績を分析・評価することで、これまでの⾃社のビジネスモデル及び戦略、それらに影響を与えた事業環境について振り返ることができる。
06. そうした振り返りを通じて、戦略等の⾒直しの契機とするとともに、有⽤かつ適切な KPI の設定を⾏うことも有益である。
 
5.1.2. 経済的価値・株主価値の創出状況
 
07. 企業が中⻑期的な企業価値向上を⽬指すに当たり、まずはこれまで⾃社がどの程度経済的価値、あるいは株主価値を⽣み出してきたかを再確認し、その認識を⽰すべきである。例えば、過去 5~10 年 同社に投資を⾏った場合の株式総合利回り(TSR、配当込みの株価上昇率)はどの程度であったか、すなわち⾃社に中⻑期的に投資してきた株主がどのように報われてきたかを⽰すことが考えられる。
08. それを起点として、これまでの事業戦略や投資、そこから⽣み出されたキャッシュフローや利益等の事実を振り返ることは、今後の戦略の実効性を⾼め、投資家からの信任を得るためにも重要である。
 
5.2. 戦略の進捗を⽰す独⾃ KPI の設定
 
09. 企業全体の価値創造に関連する KPI(ROE、ROIC 等)を⽰すことは有益だが、それだけでは企業がそれを達成するためにどのような具体的⾏動を取るかが⾒えにくいため、投資家にとって説得⼒ある KPI にはならない。
10. そのため、⾃社固有の戦略〔4.〕に沿って将来の経営計画を策定し、その進捗状況を検証するための定量・定性それぞれの企業独⾃の KPI を設定することが求められる。
11. また、KPI の変更は、重要な戦略の変更を⾏ったことと理解されるため、その理由を投資家に対し⽰すことが有益である。
 
5.3. 企業価値創造と独⾃ KPI の接続による価値創造設計
 
12. 企業独⾃の KPI を追求することで、企業全体の価値創造に関連する KPI(ROE、ROIC 等)とのつながりが⾒えにくくなることがある。例えば、独⾃ KPI が細かすぎることで投資家が理解しきれず、評価不能な情報となるおそれがある。
13. したがって、企業は、全体としての価値創造に関連するKPI を分解した結果が独⾃のKPI に結びつくように、または、独⾃の KPI を積み上げた結果が企業価値創造の KPI に接続するように KPI を設定し、組織全体として価値創造プロセスが実現するような設計を意識すべきである。
14. 企業がこれらの概略を⽰すことで、投資家は企業独⾃の KPI に沿って成果を確認することができ、それらを組織設計や運営、業績評価や報酬等と関連付けて理解することができる。
 
5.4. 資本コストに対する認識
 
15. 全体の企業価値創造に関連する KPI が意識されるとともに、⾃社の投資判断においても資本コストを超過するリターンを求める意志が伝わることは投資家の評価を得る上で重要である。
 
 
16. 資本コストは市場が期待する収益率であり、負債コストと株式コストの加重平均(WACC)といった考え⽅もあるが、絶対的な定義はない。企業は、資本コストを投資家との間の信頼関係や期待等を反映した総合的なものとして認識し、これに対する考え⽅を⾃社の経済的価値・株主価値の創出状況の認識の中で⽰すことが重要である。
 
5.5. 企業価値創造の達成度評価
 
17. KPI の設定後には、その達成状況を投資家に⽰すことが重要である。特に、達成できなかった場合においては、その理由を事業環境要因のみでなく、⾃社のビジネスモデル及び戦略に照らし合わせて説明することが投資家の理解を得る上で重要である。
18. 企業にとって、そのような対話の積み重ねを通じて、事業環境要因に左右されにくい戦略の精緻化や⾼度化を図り、経営⼒を⾼めるための PDCA サイクルとしていくことは有益である。投資家が、そのような企業との対話を通じてKPI やその背景となる戦略を理解することは、企業に対する信頼を⾼めるためにも重要である。
 

6.ガバナンス

 
01. 投資家にとって、企業がビジネスモデルを実現するための戦略〔4.〕を着実に実⾏し、持続的に企業価値を⾼める⽅向で規律付けられるガバナンスの仕組みが存在し、適切に機能していることは不可⽋な条件である。投資家は、ガバナンスの状況を確認することで、企業を信頼し、安⼼して投資を⾏うことができ る。
02. 企業は、情報開⽰や投資家との対話を通じて、⾃らのガバナンスの仕組みが実効性を持つものであることを以下の事項も参照して明確に⽰すことが求められる。
 
6.1. 経営課題解決にふさわしい取締役会の持続性
 
03. 投資家は、⼀連の企業⾏動を規律するガバナンスの仕組みが持続可能なものであるかを投資判断に必要な情報としている。企業が戦略を実⾏する上での課題解決にふさわしい経営陣や取締役が適時・適切に選任され、成果に応じた評価がなされているか、また、そのような仕組みが組織として継続的に確保できるかということを重視している。
04. 企業には、経営⽅針や優先する経営課題を投資家と共有するとともに、その課題解決および実⾏に最もふさわしい経営陣の資質及びそのような経営者を選任・育成するための後継者計画(サクセッション・プラン)を⽰すとともに、取締役会がそのような仕組みを持続的に確保できることを⽰すことが求められ る。
 
6.2. 社⻑、経営陣のスキルおよび多様性
 
05. 投資家は、業務執⾏を担う経営陣(企業の経営判断を担う社⻑・CEO、業務執⾏取締役、執⾏  役・執⾏役員その他重要な使⽤⼈)が、求められる資質や能⼒を備えていること、そして意思決定した事項を着実に実⾏することを求めている。さらに、取締役会や経営陣全体としての機能を発揮するため、属性や経験、能⼒等の多様性(ダイバーシティ)が確保されていること、透明性・合理性の⾼い意思決定を⾏う仕組みが担保されていることを重視している。
06. 企業には、これらに関する⾃社の考え⽅を明確にしつつ、投資家との対話からの⽰唆も活⽤して、情報提供を⾏うことが求められる。
 
 
6.3. 社外役員のスキルおよび多様性
 
07. 投資家は、主として業務執⾏に対する監督の役割を担う社外役員(社外取締役等)に対して、⼀般株主の利益を確保する観点から、独⽴した客観的な⽴場とその意思を有していることを前提条件として 求めている。さらに、個々の社外役員が業務執⾏を担う経営陣等と対等の議論をするに⼗分な能⼒や、経験を有しており、また、社外役員全体として多様性が確保されることで、⼀般株主との利益相反の監 督のために活動・貢献することを求めている。
08. 企業には、社外役員の経歴や属性、実際に果たした役割等に関する情報を⽰すとともに、必要に応じて社外取締役等が投資家への情報発信や対話を⾏うなど積極的な対応が求められる。
 
6.4. 戦略的意思決定の監督・評価
 
09. 投資家は、⼗分なスキルおよび多様性を備えた取締役、特に社外取締役等が、⾃らに代わって業務執
⾏を担う経営陣の戦略的意思決定を適切に監督・評価(モニタリング)することを求めている。企業にはその仕組みとモニタリングの結果を投資家に⽰していくことが求められる。
 
6.5. 利益分配の⽅針
 
10. 投資家にとって、企業の利益分配は最も確実な収益の源泉であり、その⽅針は投資判断における重要な情報である。企業には、利益分配の⽅針を投資家に⽰すことが求められる。
 
6.6. 役員報酬制度の設計と結果
 
11. 投資家は、役員報酬の⾦額⾃体よりも、役員報酬が企業の経営戦略や業績とどのように連動しているのか、また、経営⽅針や責任と整合的かといった制度設計の考え⽅を確認し、企業評価において考慮する。
12. 企業には、成果や KPI〔5.〕との関連性を含め、報酬に関する制度設計の考え⽅を⽰すことが求められる。また、役員報酬と企業価値向上への寄与について投資家の理解と信任を得られるよう努めることが重要である。
 
 
6.7. 取締役会の実効性評価のプロセスと経営課題
 
13. 投資家は、取締役会が⾃らの意思決定の責任を負い、実効性あるものとなっているかを客観的に評価することを求めている。企業には、その評価の結果や改善に向けて取り組むべき優先課題を投資家に⽰すことが求められる。
 

 


C&A
CLIENT AND AGENT CAPITAL MANAGEMENT CO.,LID.